僕はそこに小さな穴を開けようと思った/吉原遼平

 雨が降ると山に霧がかかり水墨画のような景色になる。
18歳で上京するまでの大半を広島県の田舎で育った。谷間に位置する僕の家は背後に山があり、目の前にも山がある。山と山の間には左右に伸びる閑散とした国道、米を作らなくなってしまった田んぼ、その奥には川が流れ、窓から外を眺めると向かいの山が壁のような閉塞感をもって迎え入れる。
 家には僕の他に父、母、祖父、祖母がいた。ごく稀に15歳上の義兄が帰ってくることもあった。周囲にコンビニなどなく、一番近いAコープという農協のスーパーは家から6km、小学校も4kmほど離れており、毎日歩いて通っていた。周囲に娯楽はなく、家から一番近いレンタルビデオ屋に併設されている本屋は家から15km程離れていた。
 移動はもっぱら車だった。僕はよく母の車の中で父や祖母の愚痴を聞かされ、その度にやるせない気持ちになっていた。家の近くには空港があった。遠くに飛ぶ飛行機が夕日に照らされているのを見ながら、飛行機の結ぶ遠い世界に想いを馳せていた。早く家を出たいと思っていた。

 上京して5年目になる。
 最近同棲を始めたパートナーは一日中寝ている。彼女は5kmほど離れたところに1年半住んだのち、僕の家に引っ越してきた。家は一人暮らしにしては少し広く、制作をしながら暮らすのに丁度良い広さだった。二人住むには若干狭いが、まあなんとでもなるだろうと思っていた。今までも何度か泊まりに来ていたし、何より家賃が半分になるのが僕にとっても彼女にとっても一番大きかった。
 彼女が引っ越してきてもうすぐ1ヶ月になる。この1ヶ月は彼女と共にやってきた大量の私物と僕の私物との折り合いをつけることに努めてきた。タダみたいな値段で服を何枚も売り、家電もかぶるものはどちらかを処分した。加えて押し入れの中のものを整理したり、りんご店で木箱を何個かもらってきて収納を増やしたりした。
 そうしてようやく部屋が綺麗になったのも束の間、数日が経つとすぐにまた散らかってしまった。
先日、急遽友人が家に寄ることになり、酷く散らかった我が家に1泊していった。彼女はあまり気にしていなかったが、僕は友人に快適でファッショナブルな同棲生活を見せるという欲望において大きく失敗した。

 部屋を掃除した。
 二人暮らしの家を整理するのは難しい。物の配置において、自分一人の暮らしやすさだけではなく、彼女にとっての暮らしやすさも考えなければならないからだ。
掃除に丸一日費やしてしまった。今まで僕だけのものだったこの部屋がまた違った様相を帯びる。綺麗になった部屋の少しだけ開けた窓から冷たい風と共に一抹の虚しさが吹き込む。
 彼女と結婚する気は全くない。僕も彼女も状況が不安定すぎてそんなこと考えられないというのがまずあるが、それよりも彼女が持つ自身の膨大な時間、つまり彼女の人生に対して彼女自身があまり関心を持っていないことが大きい。そんな人と自分の子供を育てることはできないのではないかと思う。しかし僕は彼女のそんなところが好きでもある。
 一緒に住むとはどういうことなのだろうか。僕はそこに家族なるものの一端を見た。他者がともに生きることで生まれる空間。僕はその空間に責任を持って関与しなければいけないし、常により良いものにしつづけなければならないと思う。家は内側からだけでなく、外側からも作られることを実感している。

 家族に限らず人が誰かと繋がる時、そこには共有される空間が立ち上がり、内側と外側が生まれる。人はその内側にも外側にも移動できる。しかし、その空間が制度や社会的なイメージと結びついた時、空間を規定する壁は厚くなり、息苦しくなったりもする。
 僕はそこに小さな穴を開けようと思った。「マイホール」と名づけたその穴は僕にとって、内側にいて外側に想いを馳せるもの、もしくは内側も実は外側の一部で、外側も実は内側の一部であるということの口実でもある。喧嘩をして気まずい空気になったとき、友達をうちに誘うとき、朝起きてお湯を沸かしコーヒーを淹れるとき、「マイホール」を思い出す。

 家族とは何かという問いを内と外をわかつホームに求めても、その願いは空いたホールから抜け出てしまう。そのような状況においてはじめて、内に住む人と人との間に共有される空間自体に根拠が生まれる。「マイホール」は常に家族とは何かを問いつづけるデザインである。
 マイホームにマイホールのある新しい家族のあり方を提案したい。
(2022年1月/吉原遼平)

photo_Takeshi Abe

アーティスト 吉原遼平による「マイホールプロジェクト」は、2021年度に東京藝術大学大学院で実施された産学連携事業「SEKISUI HOUSE meets ARTISTS」(担当教員:宮本武典)の参加作品として企画・構想されたものです。事業パートナー 積水ハウス株式会社のサポートを受け、同社のショールーム「SUMUFUMU TERRACE青山」に掲示板を設置し、2022年1月末から1年間、「マイホール」を所有したい(自宅に穴をあける)住宅オーナーを募集しています。

〈 価格 〉 110,000円(税込)+工事費込み

  • 「マイホール」をあける箇所は、住宅オーナーと協議のうえ決定します。
  • ガラスや特殊タイル、高所、各種配線・鉄骨箇所にはあけられません。
  • 遠方の場合、別途交通費をご請求する場合があります。
  • 本プロジェクトの公開・実施・受付期間は2022年2月中旬から約1年間です。

〈 問合せ・申込み 〉

※本作品の販売に関するご相談・受付は2月中旬頃より開始いたします。

〈 アーティストプロフィール 〉

吉原遼平

よしはら・りょうへい/1998年、広島生まれ。2021年多摩美術大学絵画学科油画専攻卒業。東京藝術大学美術研究科絵画専攻壁画分野修士課程在学中。レディメイドのオブジェと身体を組み合わせたインスタレーションやパフォーマンスを発表する。「Oh, My Body!」(b.o.p gallery、2021)。「SHIBUYA STYLE vol.15」(西武渋谷、2021)。『blowing the wind』(烏山アートセンター、2020)等に出品。

サポート/東京藝術大学美術科、akaoni、TIMBER COURT

SEKISUI HOUSE meets ARTISTS